●口裂け女とシオ吹き女
【みゃ長の独り言】
人の噂というものは、とてもいい加減なものである。
例えば俺の子供の頃に流行った有名な噂話として、誰しもが耳にした『口裂け女』がある。
俺の聞いた『口裂け女』の噂話では、か弱き子供たちばかり20人ほど犠牲者を出し、日本犯罪史上最も悪質であり、恐ろしい事件というものであった。
やれ友達の先輩が運悪く出会い刺されたとか、やれ隣町の中学生が下校の途中で襲われたとか、物騒な噂話が実しやかに出回っていたもんだ。
しかし、よく考えてみれば、実際に通り魔に子供が襲われれば、当然、日本の警察が黙っちゃいないだろうし、マスコミも取り上げニュースになるもんだが、そんな疑問を投げかける者は誰もいなかった。
かくゆう俺も、自ら『口裂け女』の事件を1つ2つほど想像し、あたかも真実かのごとく友達に話して回ったもんだ。
噂がいい加減というお話をもう1つ・・・。
俺はある日、太陽メンバーで仲間の一人であるクマ吉(仮名)から相談をうけた。
「うちの母親なんですが、毎日酒を飲んだくれるです」
それを聞いた俺は思った、人は見かけではわからないものだと・・・。
俺は、クマ吉の母親に何度か会った事があり、おしとやかに挨拶するその姿から、毎日酒を飲んだくれるとはとても想像できなかった。
しかし、一見おとなしそうな一般家庭の母親が、実はキッチンドランカーで、ひとたび酒を飲むや、くだをまき、物を投げ飛ばし、暴れるんだろうと俺は勝手に想像し、聞いてみた。
「酒を飲むとどうなるの?」
「すぐにリビングのソファーで寝てしまうんです」
(なんだ、酒飲んで寝ちゃうだけか・・・)
クマ吉からは、このことは誰にも言わないで下さいよと釘を刺されたので、「大丈夫だ」と返事した後、3分後には他のメンバーに話していた。
その話は、すぐに他のメンバー間を行き交い、1時間後には「クマ吉の母親は、毎晩、酒を飲んではリビングでゲロを吐いている」に変わっていた。
更に数名のメンバーを伝聞し、俺のところに戻ってきたときには、とてつもなく下世話な話に変わっていた。
「クマ吉の母親は酒癖が悪く、毎晩、酔っ払ってはリビングのソファーの上で、股間から潮を吹いているんだってよー」
どこかでゲロが潮に変わっていたのだ。
まさに伝言ゲームの恐ろしさ。
でも、これはこれで面白かったので、そのままにしておいた。
それどころか、「潮の勢いはジェット噴射のように凄く、体が15cmほど浮いたらしいよ・・・。たまに飛ぶ鳥を撃ち落としているらしい・・・」と、尾ヒレに背ビレ、エラ呼吸まで付けてしまい、真実の部分を深海に追いやってしまった。
しばらくして、その噂話がクマ吉の耳にも入った。
血相を変えて俺のもとにやってきた。
「みゃ長、母親の話、誰にも言わないでって言ったじゃないですか!しかも、おかしな話に変わってますよ」
俺は笑顔で応えた。
「人の噂も75日。しばらくすれば、皆、忘れるよ」
噂話とは、こんなもんよ。
さて、話の趣はだいぶ変わるが、この方もそんないい加減な噂話の犠牲者ではないでしょうか?
その方とは、新しく柏レイソルの代表取締役社長になられた河西晋二郎さんである。
伝統ある日立バレー部をつぶした男、営利絶対主義、スポーツ無関心など社長就任が決まった当時に噂になっていた。
事実、話半分とは思っていたが、俺も多少は不安に思っていたのだ。
ある日、俺は河西社長に会う機会があった。
このチャンスを逃すまいと、思い切って俺の不安を本人にぶつけてみた。
直接話をしてわかった。俺の不安は、みんな噂話であった。
日立バレー部廃部の話も聞いた。ここでは書けないが、そこにはやむにやまない理由があったのだ。
「他のみんなも、俺のように不安な思いで河西さんを見てますよ・・・」
と俺が問いかけると
「まあ、しょうがないなぁ・・・」
と言って笑っていた。
更に、サポーターには感謝していますと何度もお礼を言っていた。
そのとき俺の受けた河西社長の印象は、終始べらんめい調で男気があり、柏レイソルを愛してやまないという好印象であった。
そして、世間が河西社長を誤解している部分を少しでも払拭しようと思い、試合前のピアノ前ミーティングに誘ってみた。
まさか来るかと半信半疑で勢いで誘ったのだが、結果は快く了解であった。
そして、その約束の日が来た。
その日は、試合直前の大雨で試合開始時間が延期となった、あの名古屋戦である。
河西社長は約束通りピアノ前ミーティングにやってきた。
そして、土砂降りの雨の中、「いつも応援ありがとうございます」と我々に感謝の言葉を述べた。
大雨の中もそうだが、試合前の忙しい中、どこのチームの社長が、わざわざサポーターのミーティングにやって来て、話しをしてくれるだろうか?
営利主義でスポーツ無関心なヤツは来ないだろう。
しばらくして、河西社長は「ありがとう」の言葉を残し去っていった。
河西社長の人柄に触れ、ピアノ前ミーティングに集まったサポーターたちが感謝の念を抱いた。
その感謝の思いを、その日の試合応援にぶつけた。
試合結果は、ご存知のように完勝であった・・・。
人の噂というものは、とてもいい加減なものである。
例えば俺の子供の頃に流行った有名な噂話として、誰しもが耳にした『口裂け女』がある。
俺の聞いた『口裂け女』の噂話では、か弱き子供たちばかり20人ほど犠牲者を出し、日本犯罪史上最も悪質であり、恐ろしい事件というものであった。
やれ友達の先輩が運悪く出会い刺されたとか、やれ隣町の中学生が下校の途中で襲われたとか、物騒な噂話が実しやかに出回っていたもんだ。
しかし、よく考えてみれば、実際に通り魔に子供が襲われれば、当然、日本の警察が黙っちゃいないだろうし、マスコミも取り上げニュースになるもんだが、そんな疑問を投げかける者は誰もいなかった。
かくゆう俺も、自ら『口裂け女』の事件を1つ2つほど想像し、あたかも真実かのごとく友達に話して回ったもんだ。
噂がいい加減というお話をもう1つ・・・。
俺はある日、太陽メンバーで仲間の一人であるクマ吉(仮名)から相談をうけた。
「うちの母親なんですが、毎日酒を飲んだくれるです」
それを聞いた俺は思った、人は見かけではわからないものだと・・・。
俺は、クマ吉の母親に何度か会った事があり、おしとやかに挨拶するその姿から、毎日酒を飲んだくれるとはとても想像できなかった。
しかし、一見おとなしそうな一般家庭の母親が、実はキッチンドランカーで、ひとたび酒を飲むや、くだをまき、物を投げ飛ばし、暴れるんだろうと俺は勝手に想像し、聞いてみた。
「酒を飲むとどうなるの?」
「すぐにリビングのソファーで寝てしまうんです」
(なんだ、酒飲んで寝ちゃうだけか・・・)
クマ吉からは、このことは誰にも言わないで下さいよと釘を刺されたので、「大丈夫だ」と返事した後、3分後には他のメンバーに話していた。
その話は、すぐに他のメンバー間を行き交い、1時間後には「クマ吉の母親は、毎晩、酒を飲んではリビングでゲロを吐いている」に変わっていた。
更に数名のメンバーを伝聞し、俺のところに戻ってきたときには、とてつもなく下世話な話に変わっていた。
「クマ吉の母親は酒癖が悪く、毎晩、酔っ払ってはリビングのソファーの上で、股間から潮を吹いているんだってよー」
どこかでゲロが潮に変わっていたのだ。
まさに伝言ゲームの恐ろしさ。
でも、これはこれで面白かったので、そのままにしておいた。
それどころか、「潮の勢いはジェット噴射のように凄く、体が15cmほど浮いたらしいよ・・・。たまに飛ぶ鳥を撃ち落としているらしい・・・」と、尾ヒレに背ビレ、エラ呼吸まで付けてしまい、真実の部分を深海に追いやってしまった。
しばらくして、その噂話がクマ吉の耳にも入った。
血相を変えて俺のもとにやってきた。
「みゃ長、母親の話、誰にも言わないでって言ったじゃないですか!しかも、おかしな話に変わってますよ」
俺は笑顔で応えた。
「人の噂も75日。しばらくすれば、皆、忘れるよ」
噂話とは、こんなもんよ。
さて、話の趣はだいぶ変わるが、この方もそんないい加減な噂話の犠牲者ではないでしょうか?
その方とは、新しく柏レイソルの代表取締役社長になられた河西晋二郎さんである。
伝統ある日立バレー部をつぶした男、営利絶対主義、スポーツ無関心など社長就任が決まった当時に噂になっていた。
事実、話半分とは思っていたが、俺も多少は不安に思っていたのだ。
ある日、俺は河西社長に会う機会があった。
このチャンスを逃すまいと、思い切って俺の不安を本人にぶつけてみた。
直接話をしてわかった。俺の不安は、みんな噂話であった。
日立バレー部廃部の話も聞いた。ここでは書けないが、そこにはやむにやまない理由があったのだ。
「他のみんなも、俺のように不安な思いで河西さんを見てますよ・・・」
と俺が問いかけると
「まあ、しょうがないなぁ・・・」
と言って笑っていた。
更に、サポーターには感謝していますと何度もお礼を言っていた。
そのとき俺の受けた河西社長の印象は、終始べらんめい調で男気があり、柏レイソルを愛してやまないという好印象であった。
そして、世間が河西社長を誤解している部分を少しでも払拭しようと思い、試合前のピアノ前ミーティングに誘ってみた。
まさか来るかと半信半疑で勢いで誘ったのだが、結果は快く了解であった。
そして、その約束の日が来た。
その日は、試合直前の大雨で試合開始時間が延期となった、あの名古屋戦である。
河西社長は約束通りピアノ前ミーティングにやってきた。
そして、土砂降りの雨の中、「いつも応援ありがとうございます」と我々に感謝の言葉を述べた。
大雨の中もそうだが、試合前の忙しい中、どこのチームの社長が、わざわざサポーターのミーティングにやって来て、話しをしてくれるだろうか?
営利主義でスポーツ無関心なヤツは来ないだろう。
しばらくして、河西社長は「ありがとう」の言葉を残し去っていった。
河西社長の人柄に触れ、ピアノ前ミーティングに集まったサポーターたちが感謝の念を抱いた。
その感謝の思いを、その日の試合応援にぶつけた。
試合結果は、ご存知のように完勝であった・・・。